会社経営に必要な法律 Vol.63 「焼肉酒屋えびす」生肉食中毒事件

会社経営に必要な法律

「焼肉酒屋えびす」の複数のグループ店舗で腸管出血性大腸菌O-157及びO-111による集団食中毒事件が発生し、来店客4名が死亡しました。今回はこのニュースを取り上げ、生食用の食肉等に関する法的規制について解説し、また、ベンチャー企業の経営者として留意すべき事項について解説します。
 

ニュースの概要

チョコボールイメージ2011年4月に株式会社フーズ・フォーラスが運営する焼肉チェーン「焼肉酒屋えびす」で、死者4名を含む100人近い患者を出す食中毒事件が発生し、調査の結果、「和牛ユッケ」の食材から、腸管出血性大腸菌O-157及びO-111が検出されました。この集団食中毒事件について業務上過失致死罪にあたる可能性があるものとみて、神奈川、富山、福井の3県警と警視庁の合同捜査本部が系列店の家宅捜査及び資料提出や事情聴取などの任意捜査を行ったところ、食肉卸業者「大和屋商店」がフーズ・フォーラスに対し、ユッケ用と認識しながら加熱用の肉を殺菌消毒して卸販売していたことや、食中毒を防ぐために生肉の表面を削る「トリミング」は店舗で必要ないとする趣旨のメールを送っていたことが分かりました。さらに、富山、福井の店舗における死者4名から検出した菌と神奈川の系列店で回収されたユッケ用もも肉に付着していた菌につき、それらの遺伝子が一致したことで、汚染肉が卸元の大和屋商店から各店舗に納入された疑いが濃厚となり、合同捜査本部が汚染肉の特定を進めるとともに、大和屋商店での衛生管理について調査を進めています。

なお、今回の一連の食中毒事件で、フーズ・フォーラスは、石川、富山、福井、神奈川の4県に構える全20店舗の内、4店舗について営業禁止処分を受け、残りの店舗については営業を自粛し、自主休業していました。その後、同社は5月下旬に、「被害者への賠償のため」として、新たな運営マニュアルを県や市の保健所に提出し、自主休業中の店舗の営業再開の準備を進めていました。しかし、これに対して、県や市が、営業再開にあたっては事前に再発防止の改善策を提出することを求めるなどの強い姿勢を示したことから、同社は営業再開を断念し、6月8日に取締役以外の社員90名全員の解雇を発表しました。
 

法律上の問題

食中毒事件の記者会見の席で、フーズ・フォーラスの社長がメディア等で卸業者が「加熱用」として卸した肉を生食用として提供しているとの報道がされたことについて、「現在、日本のどこにも『生食用』のお肉というものは流通していません。」と声を大にして説明していたことを記憶されている方も多いかと思います。

実際、生ガキや冷凍した切り身の鮮魚介類は食品衛生法の施行規則で「生食用」「加熱用」を区別して表示するよう定められていますが、牛・鶏・豚などの食肉についてはこのような法律上の規制はありません。

生食用の食肉については、平成10年に厚生省(現在の厚生労働省)から「生食用食肉等の安全性確保について」という通知が出されており、生食用として出荷できる牛と馬の肉・レバーに関する指導基準が示されていますが、実際にこの基準に基づく出荷実績があるのは馬の肉・レバーのみであり、輸入牛肉の一部を除き、牛肉の出荷実績はありません。また、鶏や豚の肉については、生食用の衛生基準はありません。

今回の食中毒事件を契機として食肉の衛生基準を見直す動きがあることから、今後は、法的規制が強化される可能性が高いものと思われます。

ベンチャー企業の経営者として

保護イメージ

今回の食中毒事件ではフーズ・フォーラスの社長が記者会見の席で、叫ぶように謝罪したり、逆切れの様相を呈したりしたかと思えば、別の日には路上で土下座するなど、その謝罪態度には様々な批判の声がありました。記者会見における対応ミスが、同社を営業再開断念へと追い詰める一因となってしまったことは否めないものと思われます。しかし、このような最悪の結果を招いた要因は、死者を出した事件の深刻さや記者会見での対応ミスだけでなく、同社の「コンプライアンス」についての考え方にも大きな問題があったように思われます。

記者会見で「決して違法なことはしていません。」と声を大にした社長の弁明に違和感を覚えた方も少なくないのではないでしょうか。確かに、現在、「生食用」の牛肉については、罰則を科すような法律上の規制がなく、指導基準があるのみです。しかし、企業が事業として飲食店を運営し、お客様に料理を提供する以上、法的規制の有無にかかわらず、決して食中毒などの事件を起こさないようにしなければなりません。お客様は飲食店が提供する料理は安全であると信頼しています。飲食店には、このお客様の信頼に応えて安全な料理を提供する義務があります。その義務に違反すれば、違法であるか否かにかかわらず、企業としての責任を問われるのは当然のことです。

企業の社会的責任が強く求められる今日において、コンプライアンスの徹底は必須とされています。ただ、「コンプライアンス(“compliance”)」は、「法令順守」と訳されることも多いのですが、そのような理解は正確なものとは言えません。もともと、“comply”という用語には「(期待に)応える」という意味があり、企業におけるコンプライアンスとは、「ステークホルダー(利害関係者)の期待に応えること」を意味します。単に法令を順守しているというだけでは、ステークホルダーの期待に応えることにはなりません。

今回の食中毒事件において、フーズ・フォーラスは、食肉卸業者からトリミング(肉の表面を削ること)不要で歩留り約100%で無駄がないとの説明を受けたことから、「生食用食肉等の安全性確保について」の通知にも記載されているトリミングの作業を行うことなくユッケなどの生肉料理をお客様に提供し、死者4名を出す食中毒事件を発生させてしまいました。「企業はコンプライアンスと利益を天秤にかけてはならない」ということがよく言われますが、同社がした行為は、まさにコンプライアンスと利益を図りに掛けて、お客様の安全よりも自社の利益を優先させた行為であると評価されても仕方がないように思われます。そして、そのことについての自覚のなさが営業再開断念という最悪の事態を招いてしまったように思われてなりません。

ベンチャー企業の経営者の方には、今回の事件を契機として、企業経営におけるコンプライアンスの重要性や自社におけるコンプライアンスの意義について、改めて考えてみていただければと思います。