全国32軒のシェアハウス経営者から見た、シェアリング・エコノミーの本質とは。

シェアリングエコノミー
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有限会社Come on UP代表の永瀬 泰子です。2006年に起業し、32軒のシェアハウスを運営しています。

最近、シェアリング・エコノミーという言葉がよく聞かれるようになりました。AirBnBやUberといったサービスをニュースなどがそうです。シェアリング・エコノミーとは、モノ、お金、サービス等の交換・共有により成り立つビジネスを指した言葉です。私が経営しているシェアハウスもシェアリング・エコノミーの1つです。今回のコラムではシェアハウスビジネスの解説を通して、シェアリングエコノミーについても考えてみたいと思います。

シェアハウスビジネスを成功させるポイント

まずは私が運営しているシェアハウス・ビジネスについて紹介します。2006年2月に有限会社Come on UPを設立して、最初のシェアハウスは恵比寿にオープンしました。その3年後には、3~4か月に1軒のペースで開設して、2016年1月時点では東京に25軒、大阪に5軒、京都に2軒、合計32軒のシェアハウスを運営しています。

当社のターゲットとしているのは20~30代前半の若手社会人。入居者の割合は、外国人が34%、日本人は66%。外国の方の出身地はワーキングホリディー制度がある欧米系がやはり多いですね。

シェアハウスを管理するスタッフは東京で5名、大阪で3名という体制。平均してスタッフ1名につき4軒のシェアハウスを担当する計算になりますが、通常の不動産賃貸ビジネスでは考えられないほど管理スタッフが多いと思います。ここにシェアハウスビジネスのポイントがあります。

私はシェアハウスビジネスには大きく2種類あると考えていいます。1つは大型の寮やマンションの延長で、多くの個室+共有スペースがあるがあまり交流しない入居者も多い形。もう1つは、一軒家をみんなでシェアするような形態。こちらはコミュニティーが必然的に形成され、入居者同士の交流が盛んになるケース。当社の目指しているシェアハウスは後者のため、良質なコミュニティーを維持するために必然的にスタッフを多くなっています。

良質なコミュニティーが維持される経営上のメリットとしては、顧客満足度都の向上と大きなトラブルが発生しないという点があげられます。当社で運営しているシェアハウスでは住民間でのトラブルによって強制退去をお願いするケースは2~3年に1人いるかいないかという程度です。例えば当番なのに掃除が綺麗されていないとか、ゴミ出しのルールを守っていないというような生活上の些細なトラブルは、基本的に当事者同士で解決してくださいというスタンス。こういうことってトラブルと言うか、普通の家庭でもお母さんが子どもに自分のものは自分で片付けてとかしょっちゅう言ってますよね。だからそれは生活での普通にとるべきコミュニケーションだと考えています。ただ、それでも治まらない場合は当社が間に入り、話し合いの場を設けます。

また、住まいとしても社会人がある程度、快適に住めるレベルを担保するようにしています。一時期、社会問題にもなった押し入れのようなスペースを格安で貸すようなビジネスとは一線を画しています。

当社のシェアハウス入居者の平均賃貸期間は1年半くらいです。これは通常の賃貸と比べると短いですが、例えばゲストハウスのような業態と比べると長いと思います。

管理スタッフが多いため人件費の比率が高いのですが、逆に広告費はほとんどかけていません。その分、賃料に跳ね返ってしまうからです。シェアハウスというのは家賃がリーズナブルというのも大きな魅力ですから、広告で大量に集客する従来の賃貸不動産ビジネスには乗らないモデルだと思います。

それでも入居希望者は自分で探して問合せしてきてくれるので、広告を出さずとも高い稼働率が維持できているという仕組みです。

シェアリングビジネスの本質はコミュニティーにあり

シェアハウス以外のシェアリングビジネスも同様で、モノやサービスを共有することで低価格が実現しています。よって、いかに販管費などをかけずに事業として成立するかが重要です。せっかく安い価格で提供できるところに、広告費などが嵩んだ結果、それを価格に転嫁していては本末転倒です。

ちなみに、シェアハウスを開業する場合、物件の契約費用等を除く初期費用の多くはリフォーム費用ですが、私がこれまで開業してきたケースだと、最低で50万円程度。8人が入れる古民家風の大きめのシェアハウスで500万円くらいかけたのが最大です。シェアハウスビジネスの基本として、初期投資を2年以内に回収できるかどうかが1つの判断基準です。その見込みが立てられない場合は厳しいと考えています。

初期投資を抑える理由は、シェアハウス自体がまだまだマイナーであることも含めて、地域によってはシェアハウス自体へのニーズが無い事も考えられるので、短期で投資を回収して撤退する事を常に経営計画に入れるべきだからです。幸いにして、自分の場合はまだそのような事態には遭遇していないのですが、とにかく初期投資を抑えてシェアハウス・コミュニティーの運営・維持に力を注ぐべきです。

つまり、シェアリングエコノミーの本質は、コミュニティーにあると私は考えています。

例えば、カーシェアはシェアリングエコノミーというよりも、レンタカービジネスの延長とも考えられます。車を時間で割って貸し出しているだけですから、そこにコミュニティーは発生しないわけです。

「みんなで共有する」という意識・コミュニティー形成がシェアビジネスでは重要です。なぜなら、そうなることで経済合理性を超えた強い絆や、当事者意識が発生するため、ある種のスイッチングコストが発生します。そのコミュニティーのいる事への居心地の良さ、コミュニケーションの楽しさなどが、シェアリング・エコノミー内に留まる大きな理由となり、ビジネスとしても重要なファクターとなります。

シェアハウスビジネスを始めた理由

私が起業をしたきっかけは、中学時代にまでさかのぼります。私は16才でアメリカに渡りました。渡米を意識したのは14才のころです。当時通っていたのは中高一貫校でしたが、このままレール通りに行くのが嫌だったのでアメリカに行きたいと思ったのです。あえて「苦労」しにいったわけです。当然ですが、親は大反対。特に父親には激怒されました。説得するのに半年くらいかかりました。

ちなみに、好きだった曲はビートルズのホエン・アイム・シックスティー・フォー(When I'm Sixty-Four)。64才になった時の自分を想像して、絶対幸せな人生である方法が思いつかなかったのですが、すごい苦労を乗り越えたと言えるようなと人生なら送れると思ったわけです。

米国の高校から南カルフォルニア大学に進み、日本人学生会を束ねて2000人のチャリティーイベントを実施しました。4年生になって自分が引き受ける事になり、やるなら本気でやりきろうと思い、とにかく頑張った結果、例年だと500~1000人くらいのイベントが2000人にもなりました。

大学卒業後はニューヨークのサーチエンジン関連ベンチャーにエンジニアとして入社しました。実は某大手コンサルファーム(いわゆるBig5系)にも内定が決まっていたのですが、ベンチャーを選びました。社員旅行にはみんなでグリーンランドに行くような羽振りの良い会社でしたが、当時はドットコムブームが終焉しつつある時期で、入社後しばらくして急速に勢いがなくなり、結果的にそこには1年ほどしか在籍しませんでした。

そして2001年9年11日に、アメリカ同時多発テロが起こりました。私がいたオフィスは崩壊したWTCから徒歩5分という距離でしたが、幸いにして出勤前だったため助かりました。この時「死」は今日にでもくるかもしれないと感じました。この経験がきっかけで、1日1日を後悔しない生き方をしようと思い、親孝行しに日本に戻る事を決めました。

日本に戻るなら「ザ・日本企業」というような会社で働きたいと思い、パナソニックに入社しました。帰国前には、東南アジアで2カ月ほどボランティアもしました。NY時代は仕事中毒で、パナソニックでもおそらくビジネスに没頭するだろうと思ったので、その前に違う世界を体験しておきたかったというのが理由です。

東南アジアでの生活は電気も電話もない貧しい状態でしたが、それでも生き生きとしている現地の人たちに、生きることの意味を教わりました。

そして2002年3月頃に日本へ戻り、パナソニックでSEとして働きはじめたのですが、とにかく純日本企業という組織でしたので、日本流を学ぶ機会としては最適でした。しかし、パナソニック自体が大改革の真っ最中で、上司が会社を辞める事になったのですが「パナソニックを辞めたら何が自分に残るだろうか・・・」と不安を漏らした姿に、とても衝撃を受けました。自分自身も大企業病というか、サバイバル力がなくなりつつあることに気づきました。

そこで、20代であれば、失敗しても取り返せると考えて、新しい道を模索しはじめた事が起業への第一歩でした。当時の社内でも新規事業制度があり、そこに事業プランを出したところ、コテンパンにやられました。この時の悔しさがきっかけで、とにかくたくさんビジネスプランを書き始めました。

そうして、パナソニックを辞めて2006年に起業。シェアハウスビジネスを中心としたコミュニティービジネスをスタートしました。

シェアハウスというビジネスに目を付けたのは、そもそも当時は日本にそうしたものがなかったのと、自分が会社の寮を出た後に住むところに困った経験からです。米国ではシェアハウスは当たり前なのですが、そもそも賃貸のシングルルームが少ないので、広い家を借りてシェアするというのが普通でした。しかし、日本でシェアハウスを探してもなかった。であれば、自分で作ってしまおうと考えました。

シェアハウスビジネスの歴史と市場性

シェアハウスビジネスをはじめて最も大変だったことは物件探しです。そもそもシェアハウス自体に理解がないので、大家さんや近所の反対も多く、また、起業したばかりで信用力のなさという点も大きかったですね。

しかし、徐々に日本でもシェアハウスの認知度があがってきました。きっかけは2007年に放映されたラストフレンズというシェアハウスが舞台のドラマです。2008年頃には風向きがかわり、2011年頃にはシェアハウスブームが起きました。この時はメディアからの取材も非常に多かったです。

市場としても当社のビジネスとしても急速に伸び始めた時期ですが、2013年になるとシェアハウスとは名ばかりの劣悪な物件が登場し、それらが社会問題となって事で、行政の規制が入り始めました。このあたりで市場としてはいったん落ち着いた感覚がありました。

シェアハウス自体はまだ新しいビジネスなので統計情報などは少ないのですが、『シェアハウス市場調査2013年度版※』によれば、2013年8月時点で全国に598の事業者があり、2,744件のシェアハウスがあるそうです。
出所:一般社団法人 日本シェアハウス・ゲストハウス連盟 株式会社シェアシェア
http://www.jgho.org/wp-content/uploads/2014/02/20140131_SH_Reserch.pdf

私が起業した2006年当時から比べると、2013年時点では事業者ベースで3.5倍。年率で平均20%という高成長を続けています。

しかし、シェアハウスのうち4分の3が東京都内に集中し、さらに東京23区内が9割を占めるため、全国のシェアハウス数に対して東京23区内比率は7割になります。賃料の高い東京23区内においてはリーズナブルなシェアハウスへのニーズが高いという背景が大きいと思いますが、今後は地方でも伸びていくと私は考えています。例えば単身の高齢者などが生活基盤をシェアするニーズを考え昨年大阪に高齢者にやさしいシェアハウスもオープンしました。

また、地方の古民家再生といったケースも増える事が予想されます。全国で6000万戸を超える空き家をどう有効活用するかを考えなければいけません。当社でも地元住民や大学の建築科の学生と一緒に、古民家を再生したシェアハウスを立ち上げることを何件かで進めました。

古民家以外でも、古いビルをリノベーションして、さらにそれをシェアするオフィスなどももっと増えるでしょう。クラウドソーシングなども広がっていますので、個人でビジネスを行う方は、今後ますます増えると思います。そうした際、個別にオフィスを借りるより、みんなでシェアするという流れは自然な事だと思います。実際、東京にはレンタルオフィスやコワーキングスペースがどんどん増えています。

ただ、私としては単に安くオフィスを借りるのではなく、どういったコミュニティーに属したいという点で選ばれる時代が来ていると思います。

シェアリングエコノミーという点でいえば、家、オフィス、車両、倉庫、工場等々、とにかく初期投資が高いものは、なんでもシェアされるようになると考えていますし、逆をいえば、そうした分野はすべからく新しいビジネス領域としてチャンスがあるでしょう。